自分の思考を疑えとは?
いいように自分を比喩していることを疑う
自己受容するって
簡単な言い回しだと
人に厳しく自分に甘い
↑なのです。
例えば…
自分で「気が弱い」と思い込んでいるとします。
だけど???
悪口を言っても大丈夫な人に愚痴として吐き出す。
↑これ、ほんまに気が弱い???
誰にも言えないけど
自分の中ではディスりまくっている。
↑これ、ほんまに気が弱い???
ということなのです。
自分の思考を疑うところって意味ね。
本当に気が弱ければ
不満を溜めません(笑)
だって、気が弱いから
気が強い自分なんてないのが当たり前だから。
言えない自分…だから仕方がない。
言い返すことが出来ないから…言い返すことを考えても仕方がない。
↑こうならないとおかしい。
それが「気が弱い」自分、という正しい概念。
これの典型的なのが
内弁慶(笑)
強く出れる相手には強い
強く出れない相手には弱い
↑マジでこんなタイプって「気が弱い」って言える???
気が弱いフリをして
誤魔化している
↑これが正解ですよね???
自分の思い通りにならない矛先は???
八つ当たり先は???
どこ???
これも、自分がブレブレな証(´艸`*)
一貫性のある人は
誰が相手でも
自分の軸を他人軸になんて変化させません!
(言い方や言い回しはあるかもしれないけど一貫性はある)
この差こそが
自己受容していない自分なのです。
自分を変えるとかそういった問題ではなく
そんな自分も自分に在ると認めること!
これが自己受容。
だけど大抵は
他人事
程度の受け止め方で終わります(´艸`*)
自覚が出来ないものは
自覚できないのです( ̄▽ ̄)
認めるだけって簡単なことなのに
認めたくないのがエゴ(笑)